国籍を超えエモーショナルな値打ちが生まれたインスタグラム発信

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ここ最近、Instagramの更新に力を入れている。

Twitterでの呟きが習慣化してきていることで、ずっと長い間内に溜め込んでいたものを少しずつ気軽に発信でき始めている。

日々撮ったスマホ写真の他にも、かつて自分が20〜30代だった頃フィルム式カメラで撮りためたアナログ写真の数々をInstagramに精力的に投稿している。

20代前半に滞在していたインドネシアのスナップ写真。
20代後半に住んでいた東京のスナップ写真。

インドネシアの写真については、ハッシュタグにインドネシア語もあわせてふんだんに取り入れて様子を見ていた。
するとインドネシア語のアカウントと思われるリアクションがチラホラ出てきた。

その中に、1990年代のインドネシアのスナップ写真について印象的なコメントを下さる方が現れた。

あなたの投稿写真を見ていると、自分の子ども時代の記憶が懐かしくよみがえります。
90年代当時は私はまだ就学しておりフィルム式のアナログカメラを持っておらず、このような画像の記録が手元に全く残せていません。
(私だけではなく全般的に)インドネシア人自身がこの時代の日常風景をアナログカメラで記録し保管しているケースは稀だと思います


このような主旨だった。


私が初めてインドネシアに訪れた1990年代は、カメラはもっぱらアナログ式のフィルムタイプだった。
そしてそれを持っている人はほんの富裕層の一部に限られており、一般庶民はごく稀だった。
しかも私が好んで撮るのは裏路地や伝統的な市場、田舎の伝統行事の様子など市井の風景や、一般庶民(語弊があるかもしれないが敢えてこう表現する)の様子が中心だった。

写真を撮るたびに、写り込んだ人には人数分を焼き増しして分けてあげたり、帰国後に封書で郵送することも多かった。 

しかし、世界はここ四半世紀で、あらゆる分野において目覚ましい変化を遂げている。
なかでもIT技術分野においては日進月歩の勢いだ。
現在ともなればスマートフォンが全世界的に普及しいわゆる発展途上国と呼ばれていた国々でも、一般庶民のスマホ所有率とともにTwitterやInstagramといったSNSの利用率も急速に高まっている。

そしてこの四半世紀のインドネシアの変貌ぶりも半端ない。
1990年代後半の経済危機を経て、政治的経済的な発展が急速に進んでいる。

なので2019年の今でこそ、インドネシアの多くの一般の人たちも自分専用のスマホで何時でも何処でも高画質なデジタル写真や動画を撮り、それをネット上でシェアや拡散することも気軽に出来る環境にある。

25年前には考えられなかったことだ。


私のInstagram上でコメントしてくださったこの方の発言内容について、一体どこまで信憑性と客観性があるかということについては、ここでは問わない。

ただ間違いなく言えるのは、
「その方自身が私の発信した写真を見て、ひと昔前の自国の風景に強い郷愁を馳せて、その強い想いを発信元の私宛てにコメントしてくれた」
ということだ。
そして、私自身もかつて住んでいた、20代の大部分を共にしたインドネシアという国、しかも当時住んでいた思い出多きインドネシアに対して、深い愛着と憧憬を抱いている。
「四半世紀前のインドネシアの風景」に対する、コメントをくれた方と私自身の想いがクロスオーバーした瞬間でもあり、何ともいえない切なさと感慨深さをおぼえたのだ。

元々は私個人の自己満足で始めたInstagram。
インドネシアの記録に関しても、撮りためたアナログ写真からお気に入りを選び出して、ただ何気なくアーカイブを作る感覚でいたに過ぎない。

もちろん、インドネシア人の反応も得られるよう意識した上で発信してはいたが、とりあえずせっかくだから少しでもあちらの国の人にも見てほしいなあ、という「あわよくばより広く認知されたい」という程度の欲求だった。

それが、ひょんなことで私の発信内容に深い意味を感じて、コメントまで送ってくれる人が現れた。

もしInstagramで発信しなければ、これらの写真はずっと自宅の部屋の奥に眠ったまま朽ちていくだけの運命だったであろう。
発信することにより、何気ないスナップ写真に思わぬ値打ちが生まれることがあるのだ。
いわゆる昨今、SNS界隈で頻繁に交わされる用語「価値提供」というものがこれなのだろうか?

ネットで自己発信することの独特な面白さってこういうことなのかな、と実感する出来事だった。

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