まぼろしの遠浅の海

遠い昔。私は小学校4年生だった。
夏休みに父・母・妹・私の家族4人で、数泊かけて山陰地方をドライブ旅行したことがある。

白兎海岸という有名な海水浴場に行った。
山陰の海=日本海を体感したのがこの時が初めてだった。
日本海の波の高さに衝撃を受けた。いわゆる「白波」が常に立っている。

それまで海水浴に連れて行ってもらったのはいつも地元近くの瀬戸内海だった。
瀬戸内海は本州と四国に挟まれているため、波がごく穏やかだ。同じ海といってもこんなに違う。

波の表情の違いもさながら、この海の向こうの広がりや深さを想像すると、日本海の方がはるかにスケールが広い。
海をまたいだ向こうにあるのが外国だ。

私は、日本海の魅力に取り憑かれ、浮き輪をつけて波乗りに夢中になった。

確か、その翌日か翌々日だったと思う。
家族四人、海岸線を東方面に向かってドライブした。当時はこの方面にはおそらく高速道路はなかったのだろう、下道を通って左に海を見ながら行くと、遠浅の入り江を見つけた。あまりに美しく、すぐさま車を停めて降り立った。
入り江自体は本当にこぢんまりとしていて、海水浴場の看板もなく、人影も殆どない。幅は100メートルあるかないか位だろうか。白兎海岸のような、白波が立つことも全くなく、穏やかな水面。

その海の水の、なんと透明なこと。底の砂はサラサラではなく砂利っぽい。ゆるやかな波紋が水底にきらめく。
水面は膝下くらいで、その深さが沖合まで延々と続いていた。
はるか遠くの海面は徐々にエメラルドブルーの色に染まっていた。

ここは本当に日本なんだろうか? どこか異国の島のビーチじゃないのか? 目を疑った。

この透明な入り江に行く機会は、それっきりやって来なかった。


昔のアルバムを引っ張り出すと、当時の旅行時のスナップ写真が出てきた。
ここの海だった可能性がある。
私の記憶の中では、もっともっと遠い沖合いまで砂地の透明な浅瀬が続いているのだが…。


それから40年近くたった今年、先日の連休に夫と娘の家族3人で山陰にドライブ旅行をした。
泊まったのは城崎温泉。帰り道にどこか寄ろうかという話になった時、ふと山陰の海岸線を辿りたくなった。
その時、あの入り江に再会できるんじゃないかと期待した。

だが、結局はそこらしきスポットを目にすることはなかった。

あの入り江はいったいどこにあったのだろう?
地名など思い出すこともできない。親に尋ねても、記憶が曖昧だった。

ネットで検索してみた。
もしかすると、鳥取の岩美地方にある、浦富(うらどめ)海岸あたりだったのかも知れない。
なにしろ小さい湾で、海の家やシャワーなどの設備も全くなく、当時は正規の海水浴場らしくなかった記憶がある。

この目で再び見つけたいという希望がありながらも、安易にみつかるとそれだけ世の中の注目を浴びてメジャーになっていてそうで、それはそれで残念な気もする。

もしかして、埋め立てられて別のものになってしまっているのだろうか。
それとも、まだあの遠浅の透明な海のまま残ってくれているのだろうか。

あの入り江は、他の誰にも見つけられたくない、でも私だけは見つけたい。そんな矛盾した思いが湧き上がるのだ。

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