ここ最近、リアルで様々な人と関わったり、ネット上て多様な意見に触れたりするたびに「この人の資質は一体なんなんだろう?」と推測するのが習慣になった。
以前は、価値観が自分と全く相容れない人や部分的に共通する人に対して、「自分と違う部分は到底分かり合えないから」と、相手を理解しようとすることを諦めていた。
なぜなら、相手を理解しようとすればするほど、自分が苦しくなったから。
自分の大切にしているもの=自分の領域 が侵されるような気がしたから。
自分を守るために、それ以上相手の領分に立ち入らず思考を放棄=拒絶することでもって、その場をしのいできた。
しかし。
自己理解ツール「ストレングスファインダー」を通じて、私は分かった。
「人にはそれぞれ独自の資質に由来する強みがあって、その各々は、尊重されるべきものである」ということを。
そして「自分が他人の意見に対して感じる心の動きも、自分独自の資質が影響しているのかもしれない」と、以前よりも格段に自分のことを相対的にとらえることができるようになった。
これは究極をいえば、他人は他人のままでいいし、同様に、自分も自分のままでいい、ということだ。
自分には自分独自の資質の組み合わせと、そのような資質の組み合わせになるに至った、生まれてから今までの経緯がある。
この「オリジナルの自分」という、いつでも確実に立ち帰ることのできる場所がある。
こうやって、私は自分自身を根本から肯定できるようになった。
他人の意見に、大いに動揺しても良し!気持ちもブレて良し!
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