さよなら水色ラシーン。年明けに手放した伴侶の愛車。

 

伴侶の愛車、ラシーン。

私たち家族の足となって6年が経とうとしている。
20年近く前に製造されたもので、現在の走行距離約7万5千キロ。
ラシーンとは、90年代後半の6年間のみ日産で販売され、現在は製造されていない車種だが、コアなファンが存在し中古車はいまだに人気がある。

私がこの車と出会ったのは6年前の今頃、夫と初めて出会った(厳密にいえば再会した)時だった。
機械や乗り物に疎い私は、それまで「ラシーン」という車の存在すら知らなかった。
初めてのデート。ドキドキしながら待ち合わせたJRの駅の改札を出たとき、グレーがかった水色のこの車が私を出迎えてくれた。
こんなデザインの車があったんだ!へえぇ、ラシーンっていう名前なのか・・・。ラシーンの風貌・雰囲気すべてが、すぐに私の好みにばっちりはまり込んだ。

1ヶ月後、彼は初めて私の両親に挨拶に来た。
その時私の父は、彼の乗ったラシーンを見て「この車は、昔のアルマイトの弁当箱のようじゃのー」と言った。
話はあれよあれよとトントン拍子に進み、その年内に私たちは結婚した。

結婚が決まってから、ラシーンは200km離れた夫の住む関西と私の住む岡山を盛んに行き来した。
婚姻手続きで双方の役場をはしごしたり、荷物を運んだり。
ラシーンは西へ東へとあくせく走り回った。

娘が生まれてからは夫の実家に帰省する時、ラシーンは私たち3人を乗せて高速道路を行き来してくれた。
途中の休憩時、パーキングエリアにズラリと停まっている沢山の車に混じって、ひときわ車高の低いラシーンはすぐに見つけることができた。車高が低いと天井の位置も低いため、真夏の炎天下では車内の頭上部分の熱感が半端ない。夫はペットボトルに入れた水道水を車体の上からかけて冷やしてくれた。

燃費が悪いラシーン。ガソリンをよく食う。
それに呼応するかのように、持ち主である夫もしばしば夜食する習慣がある割に、細身で太りにくい体質だ。

娘が生まれて間もなく3人で旅行した時、夫と娘をコテージに残して私が一人でラシーンを運転したことがある。
真っ暗な夜の山道。初めての場所で方向音痴の私はすぐ道に迷ってしまった。
もと来た道をそのまま辿ろうとRギヤで窓を開けて外を覗きながらそろりそろりとバック運転をしていると、車体から焦げ臭い煙がうっすら立ちのぼった。よく見ると、パーキングブレーキをかけたまま何十メートルも逆走しているではないか。軽くパニックになった。元々機械オンチな上に、乗り慣れない車を乗り慣れない場所で運転したからだろう。
何とかブレーキ解除して無事コテージに戻り、夫に事の顛末を話して二人で大笑いした。

そして別のある時は、夫と険悪な雰囲気になった。彼は黙ってラシーンに乗って出て行き、しばらく帰ってこなかった。

私たちのそばには、いつもラシーンがいた。
諸用のさいにも、あらゆるハプニングが起きた時も、ラシーンはいつも同伴して私たちを目的地に運んでくれた。

ハンチング帽をかぶり、茶色のモッズコートを羽織った夫がうつむき加減でラシーンの横に佇むと、両者は自然に一体化する。
ラシーンは、夫の一部だった。
そこまで深い思い入れを持ってしまった私は、ラシーンに夫そのものを写し取っていたのか。

そのラシーンと、離別する時がきた。

ここ数年、メンテナンスの定期点検をする毎に新たな不具合が次々とでてくるようになったのだ。度重なる修理費用、しかも燃費もさらに悪くなってきた。これから先も帰省で高速道路を長距離行き来することもあろうし、大切な娘を乗せることを考えると、安全と効率を優先せざるをえなくなり、下した決断だった。

夫は、一旦こうだと決めると猛烈な速さで事を進める。
車の買い替えも、あっという間だった。

夫は、変わらず健在で一緒にいてくれるのに、まるで彼自身と未来永劫お別れするかのようで、いいようのない寂しさがこみ上げてくる。

・・・いや、本当はそうじゃない。今までの夫が、ラシーンから脱皮して新しく生まれ変わるのだ。
そして彼だけでなく、私たち家族3人の人生の節目を迎えるのだ。
今はただ、ラシーンとの別れの寂しさを存分に味わおう。
そして、前に進め。

 

さよなら ラシーン。

 

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